伊豆大島噴火から35年 「次いつ起きてもおかしくない」専門家

東京の伊豆大島で噴火が発生し、およそ1万人の住民が島の外へ避難してから今月で35年がたちました。過去およそ150年間、比較的規模の大きな噴火は35年余りの間隔で起きていて、専門家は「次の噴火がいつ起きてもおかしくない時期に入ったのは間違いない」として備えを強化すべきだと指摘しています。

昭和61年11月21日、伊豆大島で発生した噴火では、山腹から流れ出た溶岩が住宅地に迫り、すべての住民およそ1万人が島の外へ避難しました。

伊豆大島では明治9年以降、およそ150年に比較的規模の大きな噴火が4回起きていますが、間隔は35年から40年程度で、次の噴火がいつ起きるか懸念されています。

気象庁によりますと、ここ数年、火山性地震は少ない状態で、地下の熱水や火山ガスの動きを示すと考えられる火山性微動も発生しておらず、ただちに噴火する兆候は見られないということです。

ただ、地殻変動の観測結果から、地下深くにマグマが供給された状態だとして「火山活動はやや高まった状態だ」としています。

産業技術総合研究所活断層・火山研究部門の川邉禎久主任研究員は「地殻変動のデータをみると35年前に噴出した量と同じ程度のマグマが蓄積され、『マグマだまり』がいっぱいになっている可能性がある。これまでの噴火の周期も考えると、次の噴火がいつ起きてもおかしくない時期に入ったのは間違いない」と指摘しています。

そして、火山性微動が観測されたり、磁力のデータなどに変化があったりした場合、マグマが上昇している可能性もあり、注意が必要だとしています。

そのうえで「噴火の規模は必ずしも前回と同じとはかぎらず、大きくなることもある。住民は噴火のリスクを改めて認識し、体に感じる地震や地割れなどの異常を見つけた場合は自治体に連絡し、自分たちでも避難の判断ができるよう備えておいてほしい」と話しています。

35年前の噴火

35年前の昭和61年、伊豆大島の三原山で噴火活動が始まったのは11月15日でした。

このときは山頂から噴火が発生し、流れ出した溶岩は、外側のカルデラと呼ばれるくぼ地に達しました。

そしてその6日後、11月21日にはカルデラの外側にあたる山腹でも噴火しました。

この「割れ目噴火」で流れ出た溶岩はふもとの住宅地に近づき、大島町はすべての住民が島の外へ避難することを決めました。

住民は就航していた大型船のほか、海上保安庁や自衛隊の船で避難しました。

通信手段も限られていたため、噴火に関する情報が錯そうし、中には着の身着のままで避難した住民もいました。

避難生活は東京や静岡県の避難所でおよそ1か月にわたり、受け入れ定員を上回るなど生活環境の悪化も課題となりました。

35年前の噴火以降、伊豆大島の火山活動の研究を続けている産業技術総合研究所の川邉禎久主任研究員は「山頂と違い、山腹で起こる割れ目噴火は住宅地にごく近い場所で起こるためリスクが高く、島の外への避難が必要になる場合もありうる。また、流れた溶岩が海水と接触すると非常に危険だということも知っておいてほしい」と話していました。

進む高齢化 迅速な避難 課題に

住民の状況は35年前と大きく変わりました。
1万人余りだった人口は、7000人余りに減少。
一方、65歳以上は3倍近くになり全体の4割近くを占めています。
高齢化が進む中、迅速な避難ができるのかが課題です。

島の西側にある野増地区の自主防災組織の会長、増木米孝さん(76)は「『迷惑をかけたくない』と、一歩を踏み出せない人が多いのではないか。自主防災組織の仲間も高齢化が進み、手助けが難しくなっている」と話していました。

1人暮らしをしている89歳の女性に聞くと、「皆に迷惑をかけてしまう気がしてうまく避難できるとは思えません」と話していました。

また、前回の全島避難を経験し、今は息子と暮らしている88歳の女性も「足腰が効かないので、当時のような避難ができるか」と不安を口にしていました。

さらに、島唯一の特別養護老人ホームは入所している82人のほとんどが車いすや寝たきりで、自力での避難が困難です。

35年前に比べ入所者の数が増えましたが、島の外に避難する場合の受け入れ先なども決まっていないのが現状です。

これについて、都の高齢社会対策部 計画課は「入居者の状況は変わるため、都が事前に受け入れ先を決めておくことは難しい」としたうえで、「施設の個別の相談に応じる形で対応したい」としています。